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2017年8月8日火曜日

なぜ八戸三社大祭がユネスコに登録されたの?

2016年12月に「ユネスコ無形文化遺産」に登録された、八戸三社大祭。
全国各地に点在する33のお祭りが「山・鉾・屋台行事」として一括されて登録された中に、青森県で唯一八戸三社大祭が含まれていました。
日本国内のユネスコ無形文化遺産は能楽や歌舞伎、和食など合計21件で、青森県では八戸三社大祭が初の例となります。
これは市民としてとても喜ばしく、誇らしいこと。
でも、青森県には全国に名を馳せるお祭りがいくつもあるのに、なぜその中から三社大祭が選ばれたのでしょうか・・・・?
今年の三社大祭の中で、山車組の人たちを追いかけ、写真を撮ったり、お囃子を演奏したり、山車を引っ張ったり、お酒を交わしたりしながらその答えを考えてみました。
すると、お祭りに携わる人たちの姿にこそ、その答えがあると気づいたのです・・・。
今回は一つの山車組に密着して初めて気づいたことを、ユネスコ登録と重ね合わせながら綴っていきたいと思います。
取材協力:鍛冶町附祭若者連



ユネスコ無形文化遺産ってなんぞや?
はじめに、ユネスコ無形文化遺産ってなんぞやという話ですが、これは「姫路城」「原爆ドーム」「屋久島」「白神山地」などといった形のある「世界遺産」に対して、形のない伝統的な芸能や祭礼などを国際的に保護する目的で作られた制度で、平成15年にスタートしたそうです。
ま、世界遺産と同様に国際的に価値が認められたものと思えばいいんじゃないかなと思います。
で、今回登録された「山・鉾・屋台行事」は日本政府がユネスコに対して審査をお願いしていて、ユネスコが「これは価値がある」と認めてくれて、やっとこさ2016年12月に登録に至ったのだそうです。そのリストの中に三社大祭が入ってたってわけ。こりゃすげえなって話になるわけです。

なぜ三社大祭?
で、僕は最初ユネスコなんてあんまり興味がなかったのですが、今年の三社大祭でやたらと「ユネスコ元年」「ユネスコ元年」って騒いでいるので、ちょっと気になって調べてみたんです。
そうすると、今回登録された「山・鉾・屋台行事」ってのは、「地域が結束して継承している」という点がキーワードだと知りました。しかもこれが「国際的に高く評価するに価する」っていうのがミソなんですね。
確かに山車製作も、神社行列に参加する伝統芸能の数々も、三社大祭の行事の全てが地域単位の結束によって成り立っていますよね。で、これが青森県で唯一国際的に評価されるに価するということのようです。益々すげえなって話になってきました。

ユネスコ登録の原動力は、市民の汗にあり。
三社大祭が登録に至ったのはなぜか・・・専門的な見地から考えると色々な答えが導き出せるのでしょうけど、僕はただの一般市民なので実際に祭りに参加して市民目線で「肌で感じて」みることにしました。

全部自分たちでやる!ぜんぶ!ぜーんぶ!
八戸三社大祭の山車は、山車製作、お囃子指導、祭り期間中の運行まで、全て山車組が行うんですね。
それで、それがものすごく大変なことなんです。

例えば山車作り・・・
毎年1〜4月にその年の山車の内容を話し合い、4月下旬あたりから山車の製作に取り掛かり始めます。製作はプロの作家ではなく、市民。みんな仕事もあれば家庭もあります。
お祭りは7月31日からなので、実に3ヶ月にも渡って山車の製作が行われます。製作は夜遅くまで続けられます。




お囃子練習
7月上旬になると、子供たちが山車小屋前や各町内の屯所、集会施設などに集まってお囃子の練習が行われます。
そしてこの指導も山車製作をするメンバーの役割。これもお祭り直前まで続きます。



連日の山車運行
夜遅くまで続く山車作りを経て、山車が完成。いよいよ祭り本番を迎えます。大きな山車だとその重さは10トン!
この山車の綱を持って5日間毎日引っ張るのも、山車組の人たちの役目。山車にはブレーキなどは付いているものの、基本は人力で動かします。
僕も今年は2日間だけ運行に参加しましたが、曲がり角を曲がるときなんかは山車がビクともしないので、ものすんごく疲れるんですよね。



門付け(かどつけ)
山車作りの予算は???万円ともいわれています。この予算を調達するのも、山車組の人たち。
お祭り期間中は、運行のない時間帯に、町内の家々や中心街の店などを巡る門付け」を行います。
寄付をくれた家や店では、(金額にもよりますが)木遣音頭を披露してお祭りのおめでたい雰囲気を街に振りまきます。
これもぜーんぶ、山車組の人たちがやっています。



期間中の食事
子供達やメンバーに食事を提供するのも山車組の役目。町内のお母さんたちが中心となって、その組その組の伝統の味を提供します。鍛冶町では、お還りの日に特製カレーが提供されます。これがなんともうまい。こうやって食事も共にすることで、より一層仲間の団結力が増すのかもしれません。



他の組のおもてなし
連日、屯所などでは、夜になると軽〜くお酒を飲みます。ときには他の組が挨拶に来ることも。
その際には、心からもてなし、交流を深めます。


・・・と、さらさらーっと書いちゃいましたが、この一連の作業って、ものすんっごく大変なんですよ!ものすんごく。あーこの大変さ、どうやったら伝わるのかなー!

これが、形を変えながら300年続いてきた!
こういった伝統が、八戸では300年にわたって続いてきました。
八戸三社大祭は例年100万人を超える入り込みがありますが、それでも山車組の運営に関しては観光化の波に呑まれることなく、地域単位での山車作り&運営を脈々と続けてきました。
そして今年、平日の開催であったにもかかわらず140万人もの入り込みがあったそうです。
これは、町内単位での山車作りの取り組みが認められた一つの成果ではないでしょうか。

祭りが大きくなっても、
山車作りは「観光化」しなかった。

僕も今年の三社大祭では笛の練習に1ヶ月通いました。
その中で、山車作りに携わる方々の心の葛藤を垣間見る瞬間もありました。
そして、7月31日の前夜祭で山車が大きく開き、お囃子がなり始めた瞬間は、本当に感動しました。

ここ数十年は、山車は巨大化こそしましたが、今でも脈々と続いている地域ごとの山車作りと山車組運営。
この地域ごとの結束力こそが、ユネスコ無形文化遺産に登録された何よりの原動力になったのではないでしょうか。
八戸に生きる普通の人たちが続けてきた努力が国際的に高く評価されたことは、本当に本当に誇らしいことです。
そしてこの「ユネスコ登録」は、これまで祭りを受け継いできた先人たちと、今まさに取り組んでいる市民一人一人に与えられた勲章のようなものだと思ってもいいのかもしれません。
八戸三社大祭は、八戸を代表する祭りから、日本を、世界を代表する祭りへと新しいステージに進みました。
その記念すべき元年の祭りに立ち会えたことは、八戸で細々と生きる市民として本当にありがたく、感動でいっぱいです。
これからも、この地域の結束力に満ちた祭りが、末長く続いていくことを願っています。




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